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生命力

日常

      個人セッションとクラスについてはこちら    

 

3週間前に拾った羽のなかったひな鳥が

飛べるようになり、野生に還そうと

何度も外にだしては様子をみているのですが

すっかり人間になついてしまい、外を嫌がる。

出そうとすると逃げるようになってしまいました。 

手放すタイミングが遅かったのかもしれません。

 

ヨガクラスでKさんに鳥がいることを話したら

「鳥は生命力が強いから家にいると飛べなくなる」

とのことを聞いてはっとした。

 

強いものは囲ってはいけないんだ。

 

昨晩は長女の友人が7人お泊まりに来てくれました。

我が家が初めての子もいて、冷えたのか、お腹が痛くなり

だまってお腹をおさえている。

大丈夫かと聞き、

「お母さんに、いつでも連絡するよ?」と言ったら

首を大きくブンブン横に振って拒否しました。

大丈夫、大丈夫だから、と笑って。

 

そうだよね。楽しみにしていた友人達との外泊。

連れ戻されてはかなわん、と 笑。

 

小さなことでも、大掛かりなことでもなんでもいいのだけれど、

とにかく子供達は、それぞれのタイミングでどんどん

外に出ていけばいい。

親が思うより強いものですね。

 

いつのまにか、出て行くほうから

受け入れる、見送る立場になった自分は

出会いと別れに少々感傷的になっています。

 

出て行くほうは、何とも思ってないのです。

自分もそうだったから。

 

もうすぐ40歳になるけれど、歳を重ねていくのって

なんてせつなく甘いのだろう。

そして、まだまだ、その甘さを心の中でころがしているほどの

余裕なんてない若造だってことも知っている。

 

ほぼ人生の折り返し地点にきた私は

これからそうなる若者達をサポートしていけるのだろうか。

ああしたい、こうしてあげたいという思いに

実力が伴わなくて情けなくおもうことがあるのだけれど

もしそんな愚痴をこぼしたら、

 

「何いってるのよ。とにかくやるのよ!」

と、お手本を見せてくれているお姉様、お兄様たちに言われるだろう。

自我の鎧を捨てることに意識的である彼女、彼らの

輝きは美しく。

10年前の私だったら感知できなかっただろうなあ。

 

つい、うっとりしてしまうけれど

そんなのは、身体が言う事をきかなくなってからのご褒美にする。

 

エゴの囲いを自覚するたびにどんどん壊していく。

内面の働きは、歳を重ねた者の必須活動。

 

「はたらけ、働け、働きかけろ〜!」と。

この世にね。

 

若い時と違って表向きの活動は変化するけれど

働きかけていくということにいたっては

生命力のある限りやめてはいけない。のですね。

 

ぴーちゃん(鳥)も、ちょっと普通の野生鳥とは違ってるけれど

ぴーちゃんなりに

もっている力をあらゆるかたちで生かしていくのだとおもいます。