持ちながらも「捨てた境地」

今の時代、何かをあきらめる必要があるのだろうか?

 

魂が惹き付けられる事象に出会ったとき

それと同時にあきらめの思考が現れたりする。その前に、

 

 

その事象にアンテナが作動したことを喜ぼう。

うまくキャッチできたことに気がつこう。

 

その事象が放つ、そこから電波を外さないで味わう事。

 

言い訳をし、あきらめの電波に移動するのは

決して周りの環境のせいや誰かのせいではない。

 

惹き付けられるものをあきらめないことは

何か(見えるもの)を捨てなければいけないことでもないと思う。

 

 

捨てるべきは、電波を外して言い訳をする「自分」だけ。

 

 

昔の偉人の伝記を読むとつくづく大変な時代だったなあと。

「物」がないこと(食料や科学技術、医療なども含み)に、
ものすごく振り回された時代。

 

そんな中で偉業を成し得た夏目漱石モーツアルト他・・・・
すごすぎる。(たまたま今読んだので。漫画版)

 

今は「物がある」ことに、とても影響を受けているけれど

シンプルに考えれば、失うものなどそんなにない。

 

と考えるこの頃です。

 

断捨離は、見えないものに意識的になって行えばこそ身になるのだとおもう。

 

 

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