「悩む」と「悲しむ」のアストラル物語

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ヨガクラス 2019 - ヨガエネ日記


ヨガクラスと個人セッション - ヨガエネ日記

 

 

私はよく落ち込みます。

ですが、

悩む、という事があまりないように思います。

 

学生の頃、色々と悩んでいただろう私は、

「悩み好きやね」と、

友人に言われました。

この一言で、

 

 

私は悩むのが好き?

好きで悩んでいるのか!と、

気がついた時に、

 

ダサい!!悩むの好きなんてダサすぎ 笑

やめ。

 

悩み好き、という表現が

自分に当てはまる事が恥ずかしくて。

ダサいの嫌。という気持ちから、

悩むという行為はこの時にかなり切り離す事ができました。(友達ありがとう🤝)

 

 

ただ、完全ではないので、

落ち込んだ時に、自分の物語には入ってしまいます。

悩まない分、割と早くそこから出れているだけ。

 

 

胃がキリキリシクシクする様な

悩み物語はないけれど、

悲しみ、という物語には

まだまだ未練があるらしく、

悲しみ好き?については、どう思われてもいいという気弱さ 笑

 

 

時々ふと思い出してしまっては悲しみ物語を味わう。

いい加減に終わりたいので、

あえて集中して悲しみ切ってみようと思う。飽きるまで。

 

 

悩む、の時は簡単だった。

悲しみ、には、工夫がいる。私にとっては。

 

取り組み方が違うことを知れたのは面白い。

肉体から心の段階までは、

自分でどうにかできるシステムだというのは

こういう時に納得できる。

 

 

曖昧でよく分からないことは、

冷静に、細かくしていくといいのかも。

感情の種類分け。

色分け、明度分け、重さ分け。

部品の一つ一つをみていく感じ。

 

 

 

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