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電車ではギーター。

ヨガクラス 2019 - ヨガエネ日記

 

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ただ今、東京4日目で最終日。

長めにいることができました。

 

そして久しぶりにチネイザン。クラスにおじゃまさせていただきました。

 

 

電車移動の時はkindleを持ち歩いているのですが

大抵、バガヴァッド・ギーターを読むことになります。

いつ、どこから読んでもいいから。

 

 

その中に、

 

 

  [四七] 

自分の義務が完全にできなくても

人の義務を完全に行うより善い

天性によって定められた仕事をしていれば

人は罪を犯さないでいられる

 

 

 

というのがあって、

うん、うん、思うわけです。

 

 

 

 

今回久しぶりにお会いできた方が、

 

「もう、やるだけやった、もうそこではやることないかなと。」

 

みたいな事をおっしゃられていて

次へとチェンジされるところでした。

 

 

そのチェンジは、

もしその方を知らない人が聞いたら

普通にこの日本では

「大丈夫なの?」とか「やめとけ」「もったいない」

と、言われそうな事。

 

 

 

でも、ご本人の佇まいをみていると

すごく納得できる事に感じました。

 

 

[四七]の詩に合わせるならば、

自分の義務に完全にシフトするんだな

という覚悟。

 

 

この事は

どれくらい多くの人の灯りになるだろう。

 

 

 

天性によって定められた仕事をしていれば

人は罪を犯さないでいられる

 

 

というところも、

自分がしなくてもいい(自分でなくてもよい)仕事をすることで、

他人の仕事を奪う事になる。

 

 

 

 

聖典は捉え方によってとても誤解が生まれやすいので

(時代や国の制度、その他いろいろ考慮の上)

本質を読み取らなければただの規則。

 

 

 

バガヴァット・ギーターは、簡単に言うと、

悩むアルジュナを神が説得する話。

 

 

戦士アルジュナが、自分の親族と敵対して(父や息子とも)

殺し合いをしなければいけない立場にあります。

 

尊敬している人、好きな人たちと戦って殺すなんて

出来ない、苦しい、気が狂いそう。

と、

悲しみに打ちひしがれて、

 

 

どうしたらいいのですか!!

と、至上者クリシュナに助けを求めるのですが、

 

 

世迷い言を言うな!戦え!

 

 

から始まって、

真理を語りながら、戦う事をアルジュナに納得させていく話です。

 

 

この字面だけだとめちゃくちゃな非道な話のようですが、

中身はまさに神の詩。

奥の深いギーター、ずっと読んでいけます。

 

 

 

繰り返すけれど

自分の義務が完全に出来なくても

他人の義務を完全に行うより善い

 

って

 

すごい教えだと思う。 

 

完全に出来なければ来世に持ち越せばいいってことか。

輪廻転生が根付くインドだからね🇮🇳

 

 

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