MENU

体感と時間。自分との密。

パンツを作っているから、

自分が購入する方だったら、、の事を考える。

欲しいものを手に入れたいと思い

それが叶った時の喜びは

なぜか長続きしない。

それはほとんどが頭と心の欲求であって、

その嬉しさは予想内の嬉しさ。

 

それをまた感じたくて

次に、次に、となって、キリがないのは

想定内のものというのは

もう理解できていることだから

もう飽きているんですね。

 

分かっている事に対する喜びは

もう十分で、

コーヒーを飲む事でも

美味しいものを食べる事でも同じ。

 

モノはもういらないとか、

質素が一番、とかで思考停止するのは

たぶん面白みに欠けていて、

 

時間もある事だし、

一歩進んで

体感をいつもより細かく味わってみる。

 

手に入れた行為の喜びから進んでいく。

手に取った時の感覚、

見た時に身体はどうなっているか?

着ている時の身体の内側に現れている感覚を

体感でみていくと、

知らない道を歩いているような

迷路のような、穴を掘り続けているような。

心で反応して頭でジャッジしていた世界から、

無限ワークになっていける。

いちいち「ああ幸せ」

とか浮き上がる暇がもったいないほどの

時間の密度。

 

この時間、というものが、

体感との連携ゲームの

お供となっているものらしく

「時間」を、

身体感覚を無視してやり過ごすことは

何かを生み出すこともできない。

 

痛くても、悲しみによる苦しさでも、

気持ち良くても

そのどれもをずっとみていくと、

その体感があった事の意味を見つける。

そこをずっと掘り下げていく行為は

ただ「在る」ということに

近づいていくことなのかもしれない。

 

 

行ってはダメ、マスクをしなさい。

という制限がありながらもの

「毎日が日曜日」のような日々は、

幼稚園に入る前の日常のようで

さぞかし自分と世界とに

いつも興味深深だったんだろう。と

思い起こしてみるけれど、

割と今と変わらず、

周りの人の事を少し離れて観察したり、

ひたすら土を掘ったりだった

記憶しか出てこない。

 

じつはあまり変わっていなくて、

変わったのは

必死に社会性を身につけて

外からの評価に左右されてばかりという

心の弱さを知った事だった。

  

この「心」や、持て余す「感情」を

どうしたらいいんだろう?

どう扱えばいいんだろう?

という事を知りたくて

ヨガやチネイザン、

エネルギーの事を、

なかなかついていけないながらも

学んでいるんだ。

 

先月だったか、

オンラインでのクラスで、

あまりに抜けている私を見て、

自分を満たす事をしないと。

と言われ。

 

自分を満たす、

という事について考えてみた。

十分満たしているとまではいかなくとも、

そこそこ満たしてる感があったから、

見直した。

 

そしたら、満たす、

という事の思っていたのとの

根本の違いを知った。

 

外に向けていた分のエネルギーを

自分に向けてみたところ(まずは体感)

相当何も感じれなくなっている事に

気がついた。

 

本当に自分に申し訳なかったなと。

やり直そう。

ただ、みてあげるだけだった。

ずいぶん長い間、

ただ穴を掘るような、

自分と密な時間を過ごしていなかった。

 

最初に書いていた洋服と話がずれた?笑  

かもしれないけれど、

私が作るもの、

たまたま私を通して出来上がるものが、

誰かにとっての「穴を掘る時間」と

過ごせるアイテムでありたい。

 

 

 

 

☆ウィルススリーパーのお知らせ☆

 

ウィルススリーパー、

昨年は4月まででしたが、

今年は販売を延長します。

ひば葉は抗炎症の成分もあるので、

花粉で疲れたお鼻もすっきりですよ。

毎日の楽しみの一つに加えていただければ幸いです。

こちらからご購入いただけます。

よろしくお願いいたします!

 

https://jyoryudo.thebase.in/