物を作る、というエネルギーの現象化について

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撮影してよいみたいよ?ラフだなぁ。

 

授業参観ですが、本校出身の(と聞いたけど)伝統工芸師が講師となり、

各学年ごとに石川の工芸などを学びます。

 

 

6年生は加賀毛針の材料を使って

コサージュ作りでした。

卒業式に付けるそう。

 

カラフルな羽に、わ〜きれい、と思いつつ、

祭りの出店での色がついたひよこを🐥思いだします。

で、検索してみたら、

最近のカラーひよこ事情が載っていました。

 

www.yukawanet.com

 

 

「自然」について。

 

 全く個人的な意見だけれど、

世にあるもの、全てが自然である、という

大雑把な定義があって。

 

自然である人間が開発するものは

何を作ろうと「自然」

 

なので、自然のあるところに行きたい、というのは

緑に囲まれたい、あるいは海など、

という事であることが一般なのだけれど、(私も便宜上、日常はそういう意味で自然という言葉を使う)

そもそもどこでも、なにもかもが自然。

 

で。

コンクリートジャングルと

本気のジャングル、

何が違う?

と言われれば、

 

先程の定義では、どちらも自然なのです。

 

 

ここで巷の自然派、などについて。例えば精油や食品、コスメ。

まあそれはそれはそれぞれに、

それぞれが定義している自然、があることが伺われます。

 

どこで選んでいるかといえば、

それぞれの興味なのだと思う。

そのエネルギーに惹かれるというか。

 

 

そしてもうひとつ、

「アート」について。

 

これも、「自然」と同じことです。

 

ナチュラリストと名乗ればナチュラリスト

アーティストと名乗ればアーティスト。

 

 

 

で、

私が今アートを定義するとしたら、

「進化を促進するもの」

です。

 

「進化を促進するもの」

に当てはまるものがアート。

 

近所のおじいさんが玄関をホウキで掃いている光景があったとして、

そこにこれを感じられたなら、それはアート。

 

 

当然、主観的なものですから、

当人にしか分からなかったりして残念な場合もありますが、

その切なさを解決してくれるのが

データ、そう、科学です。

 

その時の「あれ」が数値化できたら

なんて心強いか。

 

 

1人旅もいいけれど、

誰かと行く旅が楽しいのは

共感することができるから。

 

 

科学は、数値によって、

「その場(物)」を

多数の人がいつでも想像することができる。

という価値と、

擬似体験を圧倒的な数でシュミレートしたという

信頼があります。

なんて優しい技術なんでしょう。

 

 

さて、

物を作る時、新たに何かを生み出す時、

自然、の定義に当てはめることは

私にとってはある意味ナンセンスなのですが、

アート、の定義からは外せません。

 

 

眠っていた細胞が、一個でも目覚めるかどうか。

が、基準。

そこに共鳴したものだけ、追求したい。

 

 

 

身体に耳を澄ませ、

自分のメモリを常にゼロに持っていける技術を身につけると、

科学データ並みに正確に測れるようですので、

シュミレートを怠る事なく続けて(自戒、誓い!笑)

自己信頼を得ることですな。

要するに私がんばれ〜٩( ᐛ )و

という事。

優しい技術を持ちたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

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