エネヨガ日記    

エネルギーを学びながらヨガをしています

感情と身体

 

感情のワークをすすめていくと、体感が重要になる局面がやってくる。

その感情が起きている時の体感はどうなのか?

 

部位は?表面?奥?質感は?重さは?

などなど。

 

それを、イメージではなく

「体感」で感じ取る必要がある。

 

それを分からない、感じられない場合がある。

これは防衛で、麻痺させているということ。

 

感じると、今の時点では耐えられないから凍らせている。

 

なぜ感じられないのだろうか?

と探っていくのと同じくして、

 

いったん、感情を抜きにした、

自身の身体を知る事が

大切に思う。

 

麻痺させないような身体ワーク。

勢いや気合いでこなさない。

内部を俯瞰しながら。

 

最近のヨガは

それを特に重視しているから

アーサナの完成度はない。

手を挙げるアーサナでも

挙げないところまで。

 

 

積み重ねが大事なのは

分かってはいた。

でもそれは、

スポンジケーキを重ねたものであった。

そこそこ見栄えのする

「成果」を

自分にも他の人にも

求めていた。

 

スポンジがほぼ役に立たない事は

いい加減身にしみてきた。

 

 

黒鉛で筆圧高く塗り潰していくような

それをさらに塗り潰して

薄い箇所を見逃さないような

生き方を見させて頂いていたら、

成果とか、

どうでもよいんだと

気がつけた。

 

結局はそういう生き方が

人を救うんだと

救われた私は実感している。

 

塗り潰して塗りつぶして

粉が積もるような身体。

 

そんな身体からならば

感情の質量を感じ取れるだろう。

 

そんな身体ができていくごとに、

麻痺の溶解を

自身で許せるようになる。

 

感情を受け入れられる

密度の高い山のような土台。